神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1375号 判決 1995年3月17日
原告
山口喜助
被告
株式会社幸福堂村瀬健具店
ほか一名
主文
一 被告らは、原告に対し、各自金二六四三万九一〇一円及びこれに対する昭和六二年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
三 訴訟費用は、これを四分し、その三を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。
四 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。
事実及び理由
第一請求
被告らは、原告に対し、各自金九三一五万四〇二〇円及びこれに対する昭和六二年一〇月八日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二事案の概要
一 争いのない事実等
1 本件交通事故の発生(争いがない。)
次の交通事故(以下「本件交通事故」という。)が発生した。
(一) 日時 昭和六一年二月一四日午後三時ころ
(二) 場所 神戸市兵庫区大開通二丁目一番四号先三叉路上(市道永沢線、以下「本件交差点」という。)
(三) 加害車 被告古賀文弘(以下「被告古賀」という。)運転の普通貨物自動車(神戸四五な一二三五)
(四) 被害車 原告運転の足踏自転車
(五) 態様 本件交差点を進行中の被害車に対し側道から進入して来た加害車が衝突し、その衝撃で原告が同路上に転倒した。
2 受傷内容(争いがない。)
原告は、本件交通事故により頸椎捻挫、顔面打撲、口腔内挫創、歯列損傷等の傷害を負つた。
3 治療経過
原告は、前記傷害のため、次のとおり入・通院して治療を受けた。
(一) 吉田病院(以下「吉田病院」という。)(丙一ないし三)
入院 昭和六一年二月一四日から同年四月八日まで
通院 昭和六一年四月九日から同年五月一八日まで
再入院 昭和六一年五月一九日から同年一〇月二日まで
(二) 有馬温泉病院(甲二九の一ないし八、三三、四二ないし四六)
入院 昭和六一年一〇月二日から平成三年一二月一一日まで
(三) 三田高原病院(甲四七ないし五五、弁論の全趣旨)
入院 平成三年一二月一一日から現在まで
4 吉田病院における頸椎前方除圧固定手術(以下「本件手術」という。)の施行(争いがない。)
原告は、昭和六一年五月二〇日、吉田病院において、同病院に勤務する福森豊和医師(以下「福森医師」という。)及び渋谷健医師(以下「渋谷医師」という。)によりクロワード法による第三、第四頸椎間の頸椎前方除圧固定手術(本件手術)を受けた。
5 後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)
原告は、本件手術の結果、四肢麻痺、両肩関節部以下における知覚低下及び筋力低下、高度の直腸、膀胱障害等神経系統の機能の著しい障害が生じ、寝たきりで常に介護を要する状態となり、右症状は将来にわたつて回復する可能性はない(甲一、三六、四一、丙三、証人福森)。
6 責任原因(争いがない。)
(一) 被告株式会社幸福堂村瀬建具店は、加害車を所有し、これを自己のために運行の用に供していたから、自賠法三条により本件交通事故による原告の損害を賠償する責任がある。
(二) 被告古賀は、加害車を運転するにあたつては、同車の前方及び側方を十分注意し、安全を確認して進行すべき注意義務があるにもかかわらず、これを怠り、漫然と同車を本件交差点内に進入させた過失により、被害車左側部に加害車右前部を衝突させたから、民法七〇九条により本件交通事故による原告の損害を賠償する責任がある。
二 争点
1 本件交通事故により頸髄の中心性損傷及び第三頸椎椎体の後方すべりが発生したか否か。
2 本件交通事故と本件後遺障害との間の相当因果関係の有無
3 損害額の算定
4 過失相殺
三 当事者の争点に対する主張
(原告)
1 本件交通事故により頸髄の中心性損傷及び第三頸椎椎体の後方すべりが発生したか否か。
(一) 原告は、本件交通事故により前歯四本が折れ(歯列損傷)、顔面、ほお、鼻、口、顎等の打撲及び擦過創、口腔内挫創等主に身体前面に傷害を負い、頭部外傷Ⅱ型及び頸髄損傷を負つた。右事実は、本件交通事故によつて、原告の身体前面が地面に強く叩きつけられる形になつたことを示している。
(二) そして、原告は、本件交通事故により意識を失い、吉田病院での治療後に意識を回復したが、その際の症状として両手指のしびれ感及び握力低下、四肢しびれ感、頸部痛等が認められ、その後も上肢優位のしびれ感、筋力低下等の神経症状、軽度の排尿障害が認められたことをも考慮すると、原告は、本件交通事故により頸髄の中心性損傷をきたしたというべきである。
(三) また、昭和六一年三月一八日撮影の頸部レントゲン写真によれば、第三頸椎椎体の後方すべりが認められ、この後方すべりが同部位での脊柱管の狭小化をもたらしており、さらに同年四月一日実施のミエログラフイー及びCTミエログラフイーによれば、第三、第四頸椎間において造影剤の陰影欠損がみられ、前方から椎間板部分の突出が認められるとともに、前後径が狭くなり、不完全ブロツクの状態となつている。
したがつて、右第三頸椎椎体の後方すべりは、本件交通事故によつて生じたと考えるのが正当である。
2 本件交通事故と本件後遺障害との間の相当因果関係の存在
原告の本件後遺障害は、本件手術操作の過誤による頸髄損傷に起因するものであるが、原告は、本件交通事故によつて第三頸椎椎体の後方すべりの発生による脊柱管の狭小化及び頸髄の中心性損傷という二重の頸髄の易損化要因を抱えることになつたのであり、この頸髄の易損性が原告の本件手術後の症伏悪化の原因になつており、右のような頸髄の易損性がなければ、本件手術操作の過誤があつたとしても、原告の症状悪化がさほど重篤になることはなかつたのである。
また、本件交通事故によつて生じた頸髄の中心性損傷に基づく神経症状及び運動障害は日を追つて改善していつたが、本件手術時点において、未だ完治していなかつたから、原告の本件手術後の障害中には、本件交通事故による受傷に基づく障害が完治しないまま残存していたということになる。
以上によると、原告の本件後遺障害は、本件交通事故による受傷と本件手術の過誤が関連共同して惹起されたということができ、両者は共同不法行為の関係にあるから、被告らは、本件交通事故と相当因果関係のある本件後遺障害についてその損害賠償責任を免れない。
3 過失相殺の主張に対する反論
被告らは、原告か市道永沢線の新開地方面行き一方通行の車線を新開地方面からJR兵庫駅方面へ向かつて逆行した旨主張するが、原告は、同車線をJR兵庫駅方面から新開地方面へ向かつて進行中に本件交通事故にあつたものである。
原告は、加害車に衝突するまで同車に気づかなかつたが、これは、別紙交通事故現場見取図のとおり本件交通事故現場か変則三叉路の交差点(本件交差点)内にあり、加害車が同車線をJR兵庫駅方面から新開地方面へ向かつて進行中の被害車の左後方から同交差点内に進入して来たためである。仮に、原告が前記車線を逆行して来て、同見取図<3>地点で衝突したのであれば、原告に加害車が見えないはずはない。
また、仮に、同<3>地点で被告らの主張する右の状態で衝突したのであれば、原告及び被害車は、加害車の下に巻き込まれるか、又は加害車が停止した同見取図<4>地点の前方(同車の進行方向)に転倒していなければならないにもかかわらず、実際には、被害車は加害車の下に巻き込まれていないし、加害車の前方に転倒しているわけでもない。
(被告ら)
1 本件交通事故により頸髄の中心性損傷及び第三頸椎の椎体後方すべりが発生したか否か。
原告が本件交通事故によつて受けた傷害は、頸椎捻挫、顔面打撲及び擦過創、口腔内挫傷、歯列損傷であつた。そして、原告は、その後、薬物アレルギー、肺炎、膀胱炎を併発したが、本件手術直前には、市場に独歩して買い物に出掛け、キヤベツ一個を下げることが可能なまでに回復していた。
しかるに、原告は、同人には第三頸椎椎体の後方すべりが存在し、これは本件交通事故と相当因果関係がある旨主張するが、同程度の一時的外力(介達力)によつて生じた頸椎捻挫のため、第三頸椎椎体が第四頸椎椎体の上を後方へ七ミリメートルもすべるというような顕著な頸椎変形をきたすことはあり得ないし、また、右のような頸椎変形が生ずれば、一時的にせよ右のとおり独歩して散歩できるまでに四肢の麻痺が軽減し、回復することは考えられない。
したがつて、第三頸椎椎体の後方すべりは存在せず、仮に存在したとしても、本件交通事故によつて生じたのではないというべきである。
2 本件交通事故と本件後遺障害との間の相当因果関係の不存在
(一) 本件手術適応性の不存在及び術方式選択の過誤
原告の昭和六一年五月一九日当時の神経症状は、軽度であり、日常生活動作には支障がなかつたから、危険性の極めて高いクロワード法による本件手術を原告に施す必要はなかつた。
したがつて、本件後遺障害は、施す必要のない本件手術により発生した医療過誤に基づくものであるから、本件交通事故とは相当因果関係はない。
(二) クロワード法による施術の過誤
福森医師らは、本件手術施行の際、頸椎椎体をドリルによつて一部掘削、切除し、腸骨を移植するため、後縦靱帯を椎体から剥ぎ取る作業中、誤つて硬膜を穿孔し、そのために損傷した硬膜から髄液が滲出し、経時的に右頸部に髄液が貯溜するに至り、回復不可能な重篤な後遺障害を残すことになつた。
頸椎椎体を前方からドリルで穿孔する場合には、掘穿する深さを測定する必要があり、そのためにはどこからどこまでが椎体であるのか及び椎体の奥行きを正確にレントゲン写真から推定しなければならないが、これは熟達した整形外科医でも極めて困難であり、測定誤差が出るものである。
そして、クロワード法は、ドリルの打込みが甘いと二ミリメートルも誤差が生じる手術方法であるから、ドリルによる掘削に際しては、安全確保のため、整形外科の教科書でも頸椎椎体前後径よりも三ないし四ミリメートルを残すことを必修としている。
にもかかわらず、福森医師は、右掘削に際し、二ミリメートルを残しただけ(しかも、二ミリメートル残したことを表面から測定することは不可能である。)であり、また、椎体のさらに奥にある骨棘を取るために椎体全部を掘削しようとする場合には、右ドリリングは不適切であつた。
以上のように、原告の本件後遺障害は、福森医師の極めて非常識なミス、すなわち、重過失により発生したのであるから、本件交通事故との間の因果関係は中断され、同事故との間に相当因果関係は存在しないというべきである。
3 過失相殺
原告は、本件交通事故現場には歩道内に自転車通行用道路があるにもかかわらず、これを通らず、被害車に乗つて一方通行の前記車線を逆行したため、被告古賀は、予想に反して左方から進行して来る被害車を発見できず、本件交通事故を発生させたのであるから、同事故の発生につき、原告にも過失がある。
仮に、原告が前記車線を逆行していなかつたとしても、原告は被害車に乗つて本件交差点内を通過するに際し、加害車の左方優先を無視して進行した過失がある。
したがつて、相当の過失相殺をすべきである。
第三争点に対する判断
一 本件手術施行に至る経過等
証拠(検甲一、二、四ないし一〇、丙一ないし三、一二、検丙一ないし五、証人福森、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。
1 原告は、本件交通事故により身体の前面、特に顔面部分を地面に叩きつけられ、顔面打撲及び擦過創、口腔内挫創、四本の歯列損傷(右上一、二番、左上一、二番)等の傷害を受け、意識を失つて吉田病院に搬入され、入院した。
原告は、同病院に搬入された後、意識を回復したが、四肢しびれ感、頸部痛、握力低下が認められた。その際、原告は、頭部、頸部等のレントゲン写真撮影を受げた。
2 吉田病院の脳神経外科医である福森医師は、本件交通事故の翌日である昭和六一年二月一五日、原告を診察し、四肢、特に上下肢の脱力、左上肢の手指の運動障害、身体左側の知覚異常ないし知覚低下、残尿感を認めた。また、同医師は、前日に撮影された頸部レントゲン写真から、第三頸椎椎体の後縁に骨棘の形成を認めるとともに、同椎体が第四頸椎椎体の上を後方に五ミリメートルすべつていることを認めた。
そして、同医師は、原告の右受傷内容及び症状と原告が一トントラツク車と接触したとする前日のカルテの記載内容から、原告は本件交通事故により頸髄の中心性損傷をきたした旨判断し、同事故により原告の頸椎が非常に大きく前屈又は後屈した可能性が強いと推測したが、第三頸椎椎体の後方すべりについては、同事故によつて発生した可能性があるものの、頸椎椎体は自然にすべる場合があるため、それが同事故によるものか否かは断定できなかた。
3 また、福森医師は、前記レントゲン写真から、第三頸椎椎体の下方後縁の骨練の後端と第四頸椎椎弓の上前端との間が九ミリメートルしかないことを認めた。そして、同医師は、医学的に右脊柱管の間隔が一二ミリメートル以下の場合は異常であるといわれていることから、かなり強い狭窄であると判断し、この強い狭窄が原告の右症状に大いに原因していると判断した。
4 そこで、福森医師は、同月一五日から、原告に対し、保存的療法としてクラツチフイールド牽引装置を装着して頭部の牽引を実施したところ、原告の前記麻痺及び知覚障害は徐々に改善した。そして、同医師は、同年三月七日、同装置が自然にはずれたのを契機として同牽引を終了し、以後は、フイラデルフイアカラーを装着させて治療を継続した結果、原告の症状は、同月一四日には独立歩行が可能なところにまで改善された。
5 しかしながら、同月一九日に実施した頸部レントゲン写真によれば、第三頸椎椎体の後方すべりはそのままで、依然、脊柱管距離及び椎間孔はいずれも狭いままであつた。さらに、同年四月一日に実施されたミエログラフイーによれば、第三、第四頸椎間において造影剤が充満していない欠損部分が認められ、また、同日実施のCTスキヤン検査によれば、同頸椎間においては、頸髄全体が前後から圧迫されて横にブーメラン形に伸びていることが認められた。そのため、同医師は、同頸椎間で不完全ブロツクがあり、ここで頸髄が強く圧迫を受けていることを確認した。さらに、神経学的には、右側上腕二頭筋を除いて四肢とも深部腱反射が亢進し、脊髄障害に認められる病的なホフマン反射及びトレムナー反射が身体左側に認められ、また、知覚障害も依然残つたままであつた。
6 そこで、福森医師、渋谷医師及び吉田病院の脳神経外科医である吉田耕三院長は、相談のうえ、頸椎椎体の後方すべり及び脊柱管狭窄の患者は、わずかな後屈、頭部外傷によつても頸椎、頸髄を損傷する可能性が大きいため、原告の場合も、再度症状が増悪する可能性が非常に高い危険な状況にあり、現在の症状が増悪するのを防ぐ意味から除圧手術の適応性があると判断した。そして、福森医師及び渋谷医師は、それぞれ、原告に対して手術を勧めた。
しかし、原告は、症状が悪くなれば手術をして欲しい旨返答し、右時点で手術を受けることは拒否した。そのため、福森医師は、原告が同月八日に退院するにあたり、原告に対し、首の強い屈曲をしないよう指示した。
7 原告は、同月二四日、吉田病院に通院した際、診察を行つた渋谷医師に対し、風呂に入ると両下肢を中心として水風呂の感じがする旨申し出た。そして、同医師は、膝蓋腱反射の充進及び軽い直腸、膀胱障害を認めた。
その後、原告は、同月二九日、同人と同人の妻所有の建物が火事で類焼したため、現場に駆け付けた際、背屈の姿勢をとつたため、同年五月初めころから、しびれが増強した。そのため、原告は、同月八日、吉田病院に通院した際、診察を行つた福森医師に対しその旨を話したところ、同医師から、再度、手術の必要性及びその危険性の説明を受けた結果、手術を受けることを希望し、同月二一日に手術を行う予定で同月一九日に同病院に再入院した。
8 福森医師は、後屈した際に第三頸椎椎体がさらに後方にすべつて脊柱管が狭くなるのを防ぐため、同頸椎を固定する必要があること、同頸椎椎体後縁に形成された骨棘が右後方すべりの主な原因であり、頸髄を圧迫する原因になつているため、これを除去して除圧を行うこと、ミエログラフイー所見では不完全ブロツクは第三、四頸椎間の一か所であり、原告は六六歳と高齢であるため、できるだけ手術範囲が狭い手術方法が良いことを総合考慮して、頸椎固定を主眼とするクロワード法による頸椎前方固定術を採用し、これに第三頸椎椎体後縁の骨棘を除去する手術を付け加えて行うことにした。
なお、同医師は、本件手術前において、クロワード法による頸椎前方固定術を二度施行した経験があつた。
9 福森医師は、同月二〇日、渋谷医師立会いのもとに本件手術を行つた。
福森医師は、本件手術にあたり、頸髄にかかるシヨツクを緩衡しやすいよう原告を軽い伸展位にして、右顎下舌骨の高さで皮膚を正中から右方八センチメートル切開し、広頸筋等に処置を加え、第三、四頸椎が露出するようにした。そして、同医師は、同頸椎間の椎間板に目標をおいてレントゲン撮影を行い、現在露出している頸椎が第三、四頸椎であることを確認した。
10 福森医師は、術前に撮影されたレントゲン写真に表れた第三頸椎椎体の前後径について教科書記載の計算式を適用して計算された前後径を参考所見として、同頸椎の前後径を測定する作業に入つた。
まず、同医師は、骨表面の皮膜を鋭利に切開して、頸椎前後径を測定するのに必要な範囲で、第三、四頸椎間の椎間板をキユレツト(鋭匙)、ロンジユールを用いて切除したが、第三頸椎椎体後縁に骨棘が形成されているうえ、同椎体が後方にすべつているため、これらによつて同椎体の奥に存在する後縦靱帯が見えなかつた。そこで、同医師は、同骨棘の正中をストライカーで研削すると、奥の後縦靱帯が見えてきた。そして、同医師は、金属製の計測器てあるデプスゲージのL字部分を第三頸椎椎体前縁にあて、T字部分を後縦靱帯に設定し、同椎体の前後径を測定したが、この測定値はカルテに記載しなかつた。
11 福森医師は、クロワードキツドのドリルガードの先端についた爪を第三頸椎椎体前縁に打ち込んで第三、四頸椎間に同ガードを設置し、これを渋谷医師に保持させ、右ドリルガード内に刃先がダイヤモンドのドリルを挿入し、測定した頸椎前後径と同じ深さに達するまで、水をかけて掘削部を冷やしながら、慎重に手でドリルを回転させ、直径一四ミリメートルの孔を掘削していつた。
12 福森医師は、一回目のドリル終了後、ドリルを引き抜き確認したが、未だ孔が後縦靱帯にまで達していないことを認めたため、再びデプスゲージのL字部分を第三頸椎椎体前縁にあて、T字部分を掘削部分の一番浅い部分に接着して、掘削した孔の深さを測定したところ、同椎体が二ミリメートル掘削されずに残つたことを確認した。そこで、同医師は、二回目のドリルを二ミリメートルに調整し、再度、二ミリメートルの掘削を行つた。
その際、同医師は、ドリルを抜き、右孔を見たところ、椎体後縁と癒着していた後縦靱帯を断絶し、出血しているのを確認したため、硬膜表面及び後縦靱帯に栄養すると思われる動脈を一本焼いて止血した。
13 そして、福森医師は、顕微鏡を右孔に設置し、渋谷医師とともに、同顕微鏡の二か所の側筒からそれぞれ覗きながら、その視野内の硬膜を調べたところ、頸椎の薄い骨と後縦靱帯が非常に強く癒着し、さらに後縦靱帯がその下に位置する硬膜とも非常に強く癒着しているが、硬膜を良く観察するとその下に頸髄を透見できた。福森医師は、その視野内に硬膜の損傷を発見できなかつたが、わずかに流出部位が不明の脳脊髄液と思われる透明の液体を認めた。
14 福森医師は、減圧のため、オステオトーム(骨切除道具)で、第三頸椎椎体後縁下方の骨棘の左右側方及び上方を研削し、止血した。
その後、同医師は、腸骨陵から、クロワード原法の記載に従つて、右孔の直径より二ミリメートル長い直径一六ミリメートルの移植骨を採取し、これを右孔に打込む作業を行つた。その際、同医師は、移植骨を打込むため、第三、第四頸椎間の開創部にスプレツダーの先端を差し入れて右孔を開こうとしたが、スプレツダーの効きが悪く、これのみでは十分に開くことができなかつたので、助手の看護士に頸部を徒手で牽引させて、できるだけ無理なく移植骨を打込める態勢を取らせた。そして、同医師は、頸髄組織は柔らかいことから、移植骨を打込みすぎないようできるだけ慎重に、軽い力で手加減しなから、一〇回前後の打込みで移植骨の打込みを完了した。
15 そして、福森医師は、止血を確認した後、術部にペンローズドレーン(廃液用チユーブ)を挿入して固定し、広頸筋及び皮膚を縫合して手術を終了した。
しかしながら、同医師は、麻酔の覚醒中に原告の手足の動きが術前より悪いことに気づき、診察したところ、呼吸は規則的でスムーズであるものの、四肢不完全麻痺、腹部及び両下肢の知覚低下ないし知覚消失の症状を認めたため、移植骨が深く落ち込んで頸髄を圧迫しているのではないかと考え、頸部につき高分解能のCTスキヤン検査を実施した。しかしながら、右CT写真によれば、頸髄が除圧されており、移植骨が落ち込んでいる所見は認められなかつたし、また、出血等の所見も認められなかつた。また、創部に挿入したドレーンは、術後三六時間で抜去され、創部の縫合がされたが、同ドレーンから髄液や特別に濃厚な血液が出ることはなかつた。
16 原告の症状は、同月二六日ころから、不全麻痺の症状が徐々に改善しつつあつたが、同月二九日、創部が腫脹した。そのため、福森医師は、右創部を離開したところ、髄液が噴出したので、感染症を防ぐとともに髄液の貯留によつて頸髄を圧迫しないように、同部にシリコンドレーンを挿入し固定して、髄液を排出することにした。その後、右創部からの髄液の漏出は続いたが、いつまでも右ドレーンから髄液を排出しているとその創が閉じないので、髄液を別の場所から排出し、その創の圧力を減少させることによつて髄液が漏れ出るのを防ぐため、同医師は、同月三一日、右ドレーンを抜去し、第四、五腰椎間の硬膜下にチユーブを挿入して持続的に髄液を抜くスパイナルドレナージの設置を試みたが、針が入らず中止した。そして、同医師は、同年六月二日、スパイナルドレナージの設置に成功し、右創部に貯留した髄液については皮膚の上から穿刺して排出したが、同月七日の二五ミリリツトルの排出を最後に髄液の貯留がなくなつたため、同月一一日、スパイナルドレナージを抜去した。
17 しかしながら、一方で、福森医師は、同月三日に原告の左下肺野の呼吸音が聞こえず、無気肺のおそれがあると判断し、同月四日には呼吸困難となつたため、同月五日、原告に対し、気管内挿管を行い、呼吸器を装着した。そして、同医師は、同月二〇日、原告の呼吸困難が改善されたと判断して、右挿管を抜去した。
18 その後、原告は、同年一〇月二日、吉田病院を退院し、その後、有馬温泉病院、次いで三田高原病院へ転医した。
二 本件事故により頸椎の中心性損傷及び第三頸椎椎体の後方すべりが発生したか否か。
証拠(甲三八、丙五、六)によれば、頸髄の中心性損傷の特徴は、上肢の運動麻痺か下肢のそれに比べてより著明であり、知覚麻痺や膀胱機能障害を伴い、中高年齢層の脊椎症性変化を伴つた過伸展損傷に多いことが認められ、右事実に前記認定にかかる本件交通事故時の顔面から地面に叩きつけられたという原告の受傷状況、原告の本件手術前の症状、原告の脊柱管の狭窄状況、福森医師の診察所見等を総合して考えると、原告は、本件交通事故により、頸髄の中心性損傷をきたしたと認めるのが相当である。
なお、第三頸椎椎体の後方すべりについては、前記認定のとおりその存在が認められるが、証拠(証人福森)によれば、右後方すべりは本件交通事故によつて発生した可能性があるものの、頸椎椎体は自然にすべる場合もあるため、右後方すべりが本件交通事故によるものか否かは断定できないというのであるから、右事情に照らすと、本件交通事故によつて右後方すべりが発生したとは直ちに認めがたく、他にこれを認めるに足りる証拠はない。
三 本件交通事故と本件後遺障害との間の相当因果関係の有無
1 交通事故による被害者が医師の診療行為により症状が悪化した場合、被害者は交通事故を契機として診療行為を受けたのであるから、診療自体、過誤が絶無であるとはいえない以上、医師の過誤があまりに重大で通常予測し得ないもの(いわゆる重過失)でない限りは、交通事故がなければ医師の診療行為により症状が悪化することはなかつたはずであるとして、交通事故と医師の診療行為により悪化した症状との間には相当因果関係があると解するのか相当である。
そして、右診療行為における重大な過誤の有無は、診療当時のいわゆる臨床医学の実践における医療水準に照らして判断されるべきである。
2 そこで、右見地に基づき、被告らの主張について、以下検討する。
(一) 本件手術適応性の不存在及び手術方式選択の過誤について
証拠(甲四、五、一〇、一一、一二の三、三五の一・二、丙五ないし八、一六、証人花井)によれば、非骨折性の頸髄損傷の治療にあたつては、受傷後早期に観血的治療(手術)を行う方が良いとする見解や観血的治療には否定的で牽引等の保存的治療によるべきであるとする見解等が存在するものの、一般的には、受傷後早期の観血的治療はできるだけ控え、一か月程度の牽引等の保存的治療を行つた後、脊髄症状に結びつく脊柱管狭窄、骨棘の形成、椎体後方すべり等の脊髄に対する圧迫ないし障害因子が存在するため、これによつて脊髄症状が増悪し、又は、その増悪する可能性がある場合には、観血的治療を試みることが認められるとする見解が有力であること、クロワード法は、手術的侵襲が少なく、頸髄損傷の危険が少ないこと、同法は、頸髄の除圧のみならず椎体後方に形成された骨棘を切除できるし、骨移植により椎体後方すべり等の頸髄障害因子を固定でき、椎体間における変形性変化の進展を予防できること等の利点のあることが認められる。
そして、右認定各事実に前記認定の原告の本件手術前の症状等、特に、第三頸椎椎体の後方すべりが存在すること、第三、第四頸椎の脊柱管狭窄が存在すること、第三、第四頸椎間で不完全ブロツクがあり、ここで頸髄が強く圧迫を受けていること、神経学的には、右側上腕二頭筋を除いて四肢とも深部腿反射が亢進し、脊髄障害に認められる病的なホフマン反射及びトレムナー反射が身体左側に認められ、また、知覚障害も依然残つたままであつたこと等を総合して考えると、原告について本件手術適応性があると認め、クロワード法を選択した福森医師の判断は、本件手術当時の臨床医学の実践における医療水準に照らして重大な過誤があつたとは認められず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
(二) クロワード法の施術の過誤について
被告らの主張は、概要、椎体前後径をレントゲン写真から測定することは困難で誤差が出るものであり、クロワード法はドリルの打込みが甘いと二ミリメートルも誤差が生ずる手術方法であるから、安全確保のため、頸椎体前後径よりも三ないし四ミリメートルを残して掘削すべきであるにもかかわらず、福森医師は本件手術にあたつて二ミリメートルしか残さず、しかも、二ミリメートル残したことを表面から測定することは不可能であつたにもかかわらず、二回目の掘削をして硬膜を損傷したというものである。
そして、証拠(甲一〇、三五の一・二、証人花井)によれば、レントゲン写真から椎体前後径を測定するに際しては、患者の正しい側面を撮影することが難しいこと、また、レントゲン写真から実際の厚みを測定する場合、骨棘を椎体と判断するのか又は付属物と判断するのかで椎体の厚みが変わつてくることから、縮尺率を正確に把握する必要があるが、レントゲン撮影を行う際の被写体の位置によつて縮尺率が変わつてくること等の問題点があり、椎体前後径の正確な測定は困難であること、そのため、誤差を考慮して、安全確保のため椎体前後径より三ないし五ミリメートル短く掘削し、残部はドリルで掘削するのではなく、エアトーム等で切除するのが望ましいことが認められる。
しかしながら、福森医師は、レントゲン写真から計算された椎体前後径を参考所見としたにすぎず、頸椎前後径を測定するのに必要な範囲で、第三、第四頸椎間の椎間板及び第三頸椎椎体後縁に形成された骨棘を切除し、金属製の計測器であるデプスゲージのL字部分を第三頸椎椎体前縁にあて、T字部分を後縦靱帯に設定し、同椎体の前後径を実測し、二回目の掘削に際しては、再びデプスゲージのL字部分を第三頸椎椎体前縁にあて、T字部分を掘削部分の一番浅い部分に接着して、掘削した孔の深さを実測したうえで、同椎体が二ミリメートル掘削されずに残つたことを確認したことは、前記認定のとおりである。
また、証拠(甲一〇、三五の一・二、丙三(二一二丁)、四の一・二、一四、一六ないし一八、証人花井)によれば、クロワード法はいまでも大学医学部等によつて採用されていること、クロワード法の説明書には、椎体を掘削する場合に安全係数として数ミリメートル分を掘削せずに残し、エアトーム等で切除すべきであるとの記載はなく、椎体をドリルで全て掘削する方法が示されており、現に同方法を開発したクロワードは、椎体を全てドリルによつて掘削する方法を現在でも採用していること、エアトーム等を用いて椎体を切除する方法もその用法や手技に習熟していないと頸髄を損傷する危険性があり、結局、ドリルで椎体の全てを掘削する方法が良いのか、安全係数として椎体を数ミリメートル掘削せずに残しておいてこれをエアトーム等で切除する方法が良いのかは、施術者のその方法に対する習熟度ないし技量の問題にすぎないこと、本件において、ドリルの刃先が直接硬膜に接触し、くも膜に傷をつけた可能性があるものの、椎体後縁、後縦靱帯及び硬膜が癒着していたことから、後縦靱帯がドリルの回転力に巻き込まれ、その結果、後縦靱帯、硬膜、くも膜が一緒になつてささくれ、くも膜に傷をつけた可能性も否定できないこと、さらに、本件手術によつて循環動態が変化したことが本件後遺障害の原因として考えることができ、循環動態の問題については未だ医学的に解明がなされていないことが認められる。
右認定各事実を総合して考えると、福森医師によるクロワード法による本件手術施行については、臨床医学の実践における医療水準に照らして重大な過誤があつたとは認めることができず、他にこれを認めるに足りる的確な証拠はない。
3 右認定説示によれば、福森医師について被告ら主張の重過失は認められず、したがつて、本件交通事故と本件後遺障害との間には相当因果関係があると認めるのが相当である。
よつて、被告らは、本件後遺障害に起因する損害についても、本件交通事故と相当因果関係がある損害として賠償する責任があるというべきである。
四 損害額の算定
1 治療費及び交通費その他諸雑費 金四二〇〇万九六八八円
(一) 既発生分
(1) 入院費及び看護料等(請求額金二九七七万四六〇四円) 金二九七七万四六〇四円
前記「争いのない事実等」及び証拠(甲二九の一ないし八、三四の三五・七八・七九・一〇三・一〇五・一一五・一一六・一一九・一二二・一二五・一三五・一三六・一三九・一四〇・一五九・一六七・一八〇・一八一・一八四ないし一八九・二〇三及び二〇八、三六、四二ないし五二、五四、五五、検甲三の一ないし一二、証人山口、弁論の全趣旨)によれば、原告は、治療及びリハビリテーシヨンを受けるため、又は本件後遺障害の内容及び程度から自宅で療養することが不可能であるため、前記判示の期間にわたつて入院し、現在も三田高原病院に入院していること、原告は、その症状から常に介護を必要とするため、有馬温泉病院に入院期間中、職業家政婦を付添いとして雇つたこと、そして、原告は、同病院に対し、昭和六一年一〇月二日から平成三年一二月一一日までの間、入院費及び看護料として合計金二九四三万六九六九円を支払い、三田高原病院に対し、同日から平成四年一一月三〇日までの間、入院負担金、諸費用等として合計金一〇三万四七一一円を支払つたことが認められる。
右認定各事実によれば、右入院費及び看護料等の合計額金三〇四七万一六八〇円が本件交通事故と相当因果関係のある損害として認められ、そのうち原告が本訴で請求している金二九七七万四六〇四円の限度で理由があるというべきである。
(2) 交通費及び副食費その他の諸雑費等(請求額金七〇四万六七八三円) 金二七〇万七三二四円
証拠(甲二八、三三、三四の一ないし一四・一六ないし二二・二四ないし三四・三六ないし七七・八〇ないし九一・九五ないし一〇二・一〇四・一〇六ないし一一四・一一七・一一八・一二〇・一二一・一二三・一二四・一二六ないし一三四・一三七・一三八・一四一ないし一五八・一六〇ないし一六六・一六八ないし一七九・一八二・一八三・一九〇ないし二〇二・二〇四ないし二〇七及び二〇九ないし二五三、五三ないし五五、証人山口、弁論の全趣旨)によれば、原告の妻である山口喜美子(以下「喜美子」という。)は、原告の入院中、頻繁に交通機関を利用して各病院に通い、原告の身の回りの世話を行い、交通費及び入院諸雑費を支出したこと、喜美子は、原告の診療にあたつた医師等に歳暮や中元等の謝礼をその都度行つたこと、喜美子は、病院で提供される食事では、原告にとつて不十分であると判断して、副食等を購入したこと、原告と喜美子は、所有する複数の家屋を賃貸しており、本件交通事故前は、右家屋の修理等は大工として働いていた原告が行つていたところ、同事故後は原告が右修理等を行えなくなつたため、業者に依頼せざるを得なくなつたこと、そして、これらに支出した金員は平成四年一一月分までで合計金四五一万二二〇八円となることが認められる(なお、原告は、甲三三、五三ないし五五の各記載に基づいて諸雑費等を請求しているのであるが、右記載中には、その支出費目自体から本件交通事故と相当因果関係が認められないものや本件訴訟代理人に対する本件訴訟追行を依頼した際の着手金等、諸雑費として請求するのが相当でないものが多数含まれており、これらは、本損害費目による損害として認め得ないといわなければならない。)。
しかしながら、右各支出の必要性及び相当性については、証拠上、必ずしも明確でないことから、控えめに算定するのが相当であり、原告と生計を同じくする喜美子が支出した分を含めて右支出合計額の六割にあたる金二七〇万七三二四円(ただし、円未満切捨。以下同じ。)をもつて、本件交通事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当である。
(二) 将来分(請求額金二〇〇五万八七二〇円) 金九五二万七七六〇円
証拠(甲四七ないし五五、丙一三、証人山口、弁論の全趣旨)によれば、原告及び喜美子は、平成四年一月から一〇月までの間、三田高原病院に対し、平均して月額金約九万円の入院負担金、諸費用等を支払い、かつ、平均して月額金約二万五〇〇〇円の交通費及び副食費その他の諸雑費等を支出したこと、原告が平成二年当時転医したとすれば、付添いを要する病院で月額金約四四万六九七〇円、付添いのない病院で月額金約七万二四〇〇円、特別老人ホーム、老人保健施設で月額金約一〇〇〇円ないし約一六万円の負担金等が必要であつたこと(丙一一)、原告は、大正八年一一月二一日生まれで、平成四年一二月当時、七三歳であり、平成二年簡易生命表によれば平均余命は一〇・六四年であること、原告は、本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年一〇月八日から本件損害金の遅延損害金の支払いを求めていることが認められる。
右認定各事実を総合すれば、原告は、平成四年一二月から、平均余命の約一〇年間にわたつて、入院負担金及び諸費用等並びに交通費及び副食費その他の諸雑費等として合計月額金一二万円の支出を必要とすると認めるのが相当であるから、本件損害金の算定につき、月額金一二万円を基礎として、ホフマン方式により中間利息を控除して、昭和六二年一〇月八日当時の現価額を計算すると、次の計算式のとおり、金九五二万七七六〇円となる。
120,000×12×(10.9808-4.3643)=9,527,760
2 休業損害(請求額金二二〇五万八一四二円) 金一八五一万五三一三円
証拠(甲一、証人福森、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、昭和六二年一〇月二日、吉田病院を退院し、有馬温泉病院、三田高原病院と転医したが、吉田病院退院直後に比べて特段の症伏の改善が認められなかつたこと、福森医師は、原告に対する吉田病院退院時までの診療をふまえて、平成元年一二月当時の原告の症状は現状維持が精一杯で悪化する可能性があると考えていたこと、原告は、有馬温泉病院の医師から回復の見込みがない者を長期間入院させることはできないと言われたため、平成三年一二月一一日、同病院を退院したことが認められる。
右認定各事実を総合すれば、原告の症状は、遅くとも本件訴え提起後四年を経た平成三年一〇月七日当時には症伏固定したというべきであるから、それ以降は、休業損害としてではなく、後遺障害による逸失利益の問題として考えるのが相当である。
そして、証拠(証人山口、原告本人、弁論の全趣旨)によれば、原告は、大工と指物が本職であつたが、昭和五四年三月まで三菱重工業株式会社に勤務し、同会社を退職後は、田辺運送に勤務していたこと、原告は、喜美子の健康状態が悪くなつたため、昭和六〇年中ころ、田辺運送を退職し、家事一切や前記の賃貸家屋の管理及び修繕等を行つていたこと、原告は、本件交通事故当時、厚生年金及び軍人恩給と月額金約一〇万円の家賃収入を得ていたものの、本職である大工としての収入は明らかでないこと、原告は、本件交通事故後、前記症状及びその治療のため就労していないことが認められる。
右認定各事実、特に原告の本件交通事故当時の大工としての収入が明らかでないことを考慮すれば、原告の休業損害は、休業期間に対応する各年の賃金センサス第一巻・第一表・企業規模計・産業計・男子労働者・学歴計・六五歳以上の平均年収額を基礎にして算定すべきである。
そこで、右認定説示をもとに休業損害額を計算すると、別紙休業損害計算式のとおり、金一八五一万五三一三円となる。
3 後遺障害による逸失利益(請求額金一七二二万五五二八円) 金七七八万三二三一円
前示のとおり、原告は、本件後遺障害により、その労働能力の全てを喪失したと認められるところ、原告は、前記認定の症状固定当時、七一歳であり、前記簡易生命表による平均余命が一一・九三年であることからすると、平均余命の約二分の一である六年間にわたつて就労が可能であると認めるのが相当である。
そして、原告の逸失利益算定の基礎収入は、前記認定にかかる原告が大工以外に定職を有しないこと、原告の収入状況、症状固定時の年齢等を考慮して、平成三年賃金センサス第一巻・第一表・企業規模計・産業計・男子労働者・学歴計・六五歳以上の平均年収額(金三五五万三五〇〇円)の五割相当額とするのが相当である。
そこで、右認定説示に従い、ホフマン方式により中間利息を控除して、昭和六二年一〇月八日当時の原告の逸失利益の現価額を計算すると、次のとおり金七七八万三二三三一円となる。
3,553,500×0.5×(7.9449-3.5643)=7,783,231
4 慰謝料(請求額金三〇〇〇万円) 金二〇〇〇万円
以上認定の原告の後遺障害の内容及び程度、入・通院期間、治療経過等の諸事情を総合考慮すると、原告が本件交通事故により被つた精神的苦痛に対する慰謝料の額は、金二〇〇〇万円が相当である。
5 損害額の合計
以上の各損害額を合計すると、金八八三〇万八二三二円となる。
三 過失相殺
1 証拠(乙一、証人山口、被告古賀本人、弁論の全趣旨)によれば、次の各事実が認められる。
(一) 本件交通事故現場は、別紙交通事故現場見取図記載のとおり、JR兵庫駅方面から新開地方面へと向かう車両通行帯が設けられた二車線の道路(以下「本件道路一」という。なお、同道路の幅員は八メートルで、同道路の南側には同様の反対車線があり、同車線と本件道路一は中央分離帯によつて区分されており、また、本件道路一の北側には、本件交差点内を除いて、同道路に沿つて同道路側に高さ七〇センチメートルの生け垣のある幅員四・七メートルの自転車の通行が認められた歩道が設けられている。)に、中央線及び車両通行帯が設けられていない道路(以下「本件道路二」という。なお、同道路の幅員は九・五メートルでそのうち両側に各幅員二メートルの一般路側帯が設けられており、本件道路一へ進入する方向への一方通行である。)が本件交差点を基準にして西北西方向から交差する、交通整理の行われていない変則の三叉交差点である。
(二) 原告は、神戸市兵庫区大開通一丁目一番三号所在の本件道路一に面した日生住建へ向かうため、右歩道を通らず、同道路を右生け垣に沿つて、JR兵庫駅方面から新開地方面へ被害車に乗つて進行した。そして、原告は、自車前方及び左側方を注視することなく、本件交差点内に進入し、同交差点内において、本件道路二から同交差点内に進入して来た加害車の右前角部分に被害車の前輪部左側面を衝突させ、本件交通事故が発生した。
(三) なお、被告らは、原告が本件道路一を新開地方面からJR兵庫駅方面へ逆行中本件交通事故に遭つた旨主張し、これにそう乙第一号証の記載部分及び被告古賀本人の供述部分が存在する。
しかしながら、まず、右供述部分は、要するに、「被告古賀が本件交差点に進入する際に、加害車の右前方を確認したときには被害車を認めておらず、衝突して初めて被害車に気がついたことから、原告が本件道路一をその通行方向に反して逆行したと判断した。」というにすぎず、また、被告古賀が自認するように、同人は、衝突した瞬間のことしか分からないので、原告が本件道路一の通行方向に従つて進行してきたかどうかは、良く分からないというのであるから、被告古賀の右前方の確認が不十分であつたとの疑念を払拭できず、したがつて、右供述部分からは、未だ原告が本件道路一をその通行方向に反して逆行したとは認めがたい。また、被告古賀は、衝突によつて転倒した被害車の前輪は、JR兵庫駅方向を向いていた旨供述するが、証人山口の証言内容に照らして、にわかに信用しがたい。
また、乙第一号証の実況見分調書は、原告が立ち会わずに、被告古賀のみが立ち会つて作成されたものであり、同調書作成の基礎とされた被告古賀の供述は右のとおり証人山口の証言内容に照らしてにわかに信用しがたいから、同調書の記載部分から、原告が本件道路一をその通行方向に反して逆行したとは未だ認めがたいというべきである。
そして、他に被告らの右主張を認めるに足りる証拠はないから、右主張は採用できない。
2(一) 右認定各事実によれば、原告は、本件交差点内に進入する場合には、進路前方及び左側方を注視して、本件道路二から本件交差点内に進入する車両の有無及び安全を確認すべき義務があつたにもかかからず、右義務を怠り、漫然と被害車を本件交差点に進入させた過失があるというべきである。
(二) なお、被告らは、原告は加害車の左方優先を無視した旨主張する。
しかしながら、本件交差点は交通整理の行われていない交差点であること、本件道路一は車両通行帯が設けられた二車線の道路であること、一方、本件道路二は中央線及び車両通行帯が設けられていない道路であることは前記認定のとおりであるから、右各事実によれば、本件道路一は、本件道路二に対して優先道路であり(道路交通法三六条二項)、したがつて、本件道路二を進行する車両には左方優先(同条一項)は適用されないといわなければならない。
よつて、被告らの右主張は、理由がなく、採用できない。
3 以上のとおり、前記「争いのない事実等」においてみた被告古賀の過失と原告の右過失のほか、本件交差点の状況等前記認定の各事実を総合すると、原告の過失割合は二割と認めるのが相当であり、したがつて、原告の前記損害額から二割を減額するのが相当である。
したがつて、被告らが原告に対して賠償すべき損害額は、金七〇六四万六五八五円となる。
六 損害の填補 金四六六〇万七四八四円
原告は、本件交通事故につき、被告らから合計金五五九万七七二七円の(弁論の全趣旨)、吉田病院から金三二〇〇万円の各支払いを受け(争いがない。)、神戸市から介護費として金九〇〇万九七五七円の支給を受けた(弁論の全趣旨)から、これらを前項の損害額から控除すると、原告の損害額は、金二四〇三万九一〇一円となる。
七 弁護士費用(請求額金八〇〇万円) 金二四〇万円
本件交通事故と相当因果関係のある弁護士費用額は、本件事案の内容、審理の経過、認容額等に照らし、金二四〇万円と認めるのが相当である。
八 以上によれば、被告らは、原告に対し、本件交通事故に基づく損害賠償として、各自合計金二六四三万九一〇一円及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である昭和六二年一〇月八日から民法所定の年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があることになる。
よつて、主文のとおり判決する。
(裁判官 横田勝年 安浪亮介 武田義德)
別紙 <省略>
休業損害計算式
昭和61年2月14日~同61年10月7日
3,001,800×237÷365=1,949,113―<1>
昭和61年10月8日~同62年10月7日
3,172,900×1=3,712,900―<2>
昭和61年10月8日~同63年10月7日
3,171,000×1=3,171,000―<3>
昭和63年10月8日~平成元年10月7日
3,280,000×1=3,280,000―<4>
平成元年10月8日~平成2年10月7日
3,388,800×1=3,388,800―<5>
平成2年10月8日~平成3年10月7日
3,553,500×1=3,553,500―<6>
合計
<1>+<2>+<3>+<4>+<5>+<6>=18,515,313